2010年6月8日火曜日

6月3日(木)、ベルリンにて

6月3日(木)、ベルリンにて、

朝から良い天気でしたが、昨夜PCで苦労して就寝は0時過ぎでしたので、ホテルを出たのは昼頃になりました。
Uバーンでツオー駅に出て、観光バスを兼ねたような200番のバスでアレキサンダー・プラッツへ。
アレキサンダー・プラッツはベルリンの壁が崩れた日に、沢山(50万人)の人が集まったこともある広い広場です。
当時の東側になります。

ここから、Uバーンとトラムでベルナウアー通りの「ベルリンの壁記録センター」へ。
ここは1961年の壁建設直後、壁に面した建物から飛び下りて西に逃げた人が多いことで知られています。
多分、多くの方がフィルム等でご覧になっていると思います。

その壁の一部が保存され、「記録センター」はその向かいにあります。
途中、壁で遮断されたトラムの路線は、今も健在です。

その後Uバーンで、有名な「チェックポイントチャーリー」に移動、ここも昔のチェックポイントが保存(再現)され、当時の状況がパネルで表現されています。
壁は1961年8月に建設され、28年間存在した後、突然1989年に穴が開いたのです。
去年11月に20周年を迎えています。
ベルリン市内では各所にこのような遺物が保存されています。

フランスドーム(大聖堂)とドイツドームにはさまれた、コンツエルトハウス・ベルリンがあるジャンダルメン・マルクトをとおり、ベルリン大聖堂へ。
ここで270段の階段を上がって天井ドームへ。

ドイツ連邦議会議事堂にも行きましたが、沢山の人が並んで入場を待っていましたので、あきらめて100番のバスでツォー駅に行こうとしましたが、デモ行進で1時間位ロスしました。

ツォー駅のノルド・シーでミックスドボックスの大とツーロム駅でサクランボを買い、ワインを買って夕食がてらホステルのロビーで一杯です。

今、FIFAのワールドカップサッカーを大画面のディスプレイで映しています。
相手はボスニア・ヘルセゴビアで1対1の同点です。

アムステル・ハウスの正面、古いがどっしりした建物です。

Uバーンで

ベルリンの壁記録センターから

ベルナウアー通りをトラムが走っています。

壁が出来て以来、壁付近にあった東側の建物は、西側への逃亡を防ぐため、教会を含め全て取り壊されていました。

同じ

ベルリンの壁記録センター

保存されている、壁の一部

壁は、こんなに高かったのです。

壁の裏(東側)

チェックポイント・チャーリーを西側から

同じく東側から

壁があった、当時の状況です。

土産屋です。
軍服や軍帽を販売しています。

チェックポイント・チャーリーを東側からですが、左にある当時の立て札を見て下さい。

ジャンダルメン・マルクトからベルリン音楽堂を

再び、ベルリン大聖堂へ

ベルリン大聖堂の内部

ベルリン大聖堂

ベルリン大聖堂

ベルリン大聖堂の塔の上から

世界遺産登録の博物館島を臨んで

大聖堂前広場

TV塔と、右は「赤の市庁舎」

下の道路はウンター・デン・リンデン

連邦議会議事堂

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